「ウクレレ」という言葉の語源はいくつかありますが、最も人の口の端にのぼるのは「飛ぶ蚤」説(ウク=蚤 レレ=飛んで跳ねる)ですね。
ウクレレを弾く奏者の手が飛び跳ねる蚤のようであったとも、ウクレレをポルトガルからハワイに持ち込んだ人物の渾名だとも言われています。
それとは別に、私が好きなウクレレの名前の由来として、ハワイ語で「ウク」は「贈り物」を意味し、「レレ」は「やって来る」という意味があるので、「遠くからやってきた贈り物」としてポルトガル由来の楽器に「ウクレレ」という名がついた、というものがあります。フラを復興しようとしたハワイ王朝にとって「蚤」という言葉があまり上品ではなかったかも知れませんし、語学に堪能で「アロハオエ」を作詞作曲したリリウオカラニ女王のロマンチックなレトリックだったのかも知れません。
ともあれ、その「遠くからやって来た贈り物」がハワイで3人の家具屋さん(マニュエル・ヌネス氏、ジョゼ・サント氏、オーガスト・ディアス氏)によって受け継がれていきました。そしてそのひとり、マニュエル・ヌネス氏にウクレレづくりを習ったのが、サム・カマカ・シニアこと、サミュエル・カイアリイリイ・カマカさんです。
それから106年。紆余曲折を経て、伝説のブランドKamakaは今もウクレレ界の王様として美しい音を世界に響かせ続けています。(残念ながら、今年3月に2代目であるサミュエル・カマカ・ジュニアさんが99歳で天国に旅立ちました。ご冥福をお祈りします。)
カマカのウクレレは、私たちが「ウクレレの音色」を頭の中でイメージした時に流れるそのままの音がします。それは、私たちにとって、遠いハワイから贈り物に他なりません。カマカが持つ美しいサウンドも素晴らしい杢目も、つまり音も色彩も一種の波長ですから、それはハワイの波が遠く日本にまで優しく届いていると言ってもロマンチック過ぎないと、私は思います。