私がイケベ楽器店に入って最初に買ったギターはリッケンバッカー360の12弦のファイヤーグローでした。
私は思春期ゴリッゴリの頃、父親と話すのが苦手でした。父と会話しようとすると、なぜか口の中がカラカラになり目の奥が熱くなりました。しかし一緒に住んでいた時期だったので、どうしてもコミュニケーションを避けられず、それならばできるだけ仲良くなろうと考え、その方法に「音楽」を選びました。
父は少しだけギターを弾く人で、格好良いオベーションのエリートを長らく愛用していました。そこで、関係性向上のために(私がもてたい年頃だったことも後押しして)父にギターを習うことにしました。父の休日に私は自分で買ったレジェンドというブランドの1万円くらいのギターを携えて曲の弾き方を教わり、平日はオベーションを借りてそれを弾き倒しました。オベーションを弾いた後はボディや弦を拭いて返していたのですが、ある日、サウンドホールの方からヘッドに向けて弦をしごくように拭いていたところ、メリメリメリっと音をたててブリッジが剥がれていきました。わあ、仲良くなるどころじゃないやこれ、と絶望に指先がチリチリしましたが、ワシントン大統領のように正直に謝り倒し、事なきを得ました。しかし、あの時の父の切なそうな肩は、忘れる事ができません。
それから数年して、私がある程度ギターを弾けるようになると、休日や父の帰宅後にふたりでブルースのセッションをするようになりました。父がバッキングを弾き、私がアドリブを取り、盛り上がったところで交代。言葉が無くても、なんとなく笑顔が生まれました。その頃から私と父はようやく少しずつ、言葉でも会話ができるようになっていきました。
さらにまた数年がたち、私がイケベで働くことになってはじめての父の日に、冒頭のリッケンバッカーを買いました。オベーションのお詫びと、ギターで楽しい時間を与えてくれた感謝の気持ちを込めて、父が青春時代を過ごした1960年代を象徴する楽器を選んだのです。
でもなぜか、父は次の週に同じモデルの色違い(ナチュラルグロー)を、私が働いていたところとは別の楽器屋さんで買って来ました。え、色が不満だったん?でもせっかくもらったから言い出しづらかったん?
その夜、私はやるせない思いを込めてギターを掻き鳴らしました。私のレジェンドからは今までにないブルージーな音がしました。